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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)161号 判決 1959年6月20日

控訴人 入江ジツ

被控訴人 赤座次彦

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を決め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の提出認否は控訴代理人において、被控訴人の本訴請求中温泉引湯使用の妨害禁止を求める部分は、本件鉱泉地から被控訴人所有家屋の所在地に至る間の宅地につき被控訴人がその使用権を有することを当然の前提とするものであるが、右中間の宅地は控訴人が地主たる訴外野田幹雄から賃借しているものであつて、被控訴人は該宅地につき何らの権利を有するものではないから、この点からも被控訴人の右請求は失当であると述べ、証拠として被控訴代理人は甲第一五乃至第一七号証を提出し、乙第一、二号証の各成立を認め、控訴代理人は乙第一、二号証を提出し(甲第一五号証以下の認否はない)た外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

別府市大字別府字境下東雲通二丁目一、三〇九番地の一宅地五〇一坪三合は訴外野田幹雄の所有であるところ、昭和六年九月その借地人であつた訴外太田紹緒が右地主の承諾を得、且つ所管庁の許可を受けて該宅地内に本件温泉を掘さくし、その温泉専用権を取得したこと、同年一一月右温泉湧出地が前記宅地から分筆され、前同所一、三〇九番地の四鉱泉地一坪となつたこと、右訴外太田は昭和一二年五月一三日右宅地上の所有家屋と共に該宅地の賃借権竝に右温泉使用権を控訴人の先代入江順太郎に譲渡し、昭和一六年一二月六日右順太郎死亡により妻である控訴人がこれを相続したこと竝に現に本件鉱泉地から前同所一、二九〇番の一宅地上の被控訴人所有家屋に温泉引湯の施設がなされていることは、いずれも当事者間に争がない。

各成立に争のない甲第四、第六号証、原審証人吉松一二の証言及び原審における被控訴本人の供述により各成立を認め得る甲第一、第二、第三、第五、第七号証に原審証人吉松一二、同道吉源三郎の各証言、原審における被控訴本人の供述、原審における検証竝に鑑定人吉村英彦の鑑定の結果を総合すれば、前記訴外太田紹緒は本件温泉を掘さくすると同時に湧出口にマンホールを設け、これに四本の鉄管を取付けて各鉄管から等分に温泉が流出する施設をした上、訴外田川治吉郎外一人(その後昭和一〇年一月更に他の一人)にそれぞれ右鉄管一本宛を使用して引湯する温泉引湯の権利を設定し、爾来右訴外田川は前同所一、二九〇番の一宅地上の同訴外人所有家屋に引湯し自家浴場用として使用したが、昭和一五年一一月右地上家屋とともに温泉引湯の権利を訴外武田茂勇に譲渡し、その後更に他の訴外人を経て昭和二八年六月一三日被控訴人が右家屋竝に温泉引湯権を譲受け、現在に至つていることを認めることができる。

ところで被控訴人の本訴請求は、本件鉱泉地を含む宅地の賃借権者であり、且つ同一温泉の利用権者である控訴人が被控訴人の前記温泉利用権を妨害したとして、該温泉利用権の確認竝にこれに対する妨害の排除を求めるものであつて、その趣旨とするところは本件温泉利用権をもつて、泉源地の所有権から独立して取引の目的とされ、しかも任意譲渡性を有し、且つ対世的な効力のある一種の用益物権であるとするもののようである。しかしこの種の権利を物権とするためには民法第一七五条の定める物権法定主義の建前から、右権利につき何ら成文法上の規定を有しない現行法制下においては、その根拠を専ら法律と同等の効力を有する慣習乃至は地方慣習の存在に求める以外にはない。そして右権利を泉源地所有権から独立した物権であるとすれば、必然的にその権利の得喪変更を第三者に明認せしめるに足る特殊の公示方法が要請せられるのであり、従つてそのような公示方法が同じく慣習によつて確立されていることが当然に必要となる。換言すれば一般に慣行づけられた公示方法の存在が認められる場合に、初めて慣習法による物権の成立を肯定することができるのである。しかるに本件においては、本件温泉利用権に関する右のような慣習、殊にその権利変動の公示方法に関する慣習の存することにつき被控訴人は何らの主張立証をもなさず、他にこれを肯認するに足る何らの資料も存しない。もつとも各成立に争のない甲第一四号証、乙第一、二号証によれば、明治四五年大分県令鉱泉取締規則による別府警察署備付の鉱泉台帳及び昭和二四年大分県訓令温泉法施行手続による別府保健所備付の温泉台帳に本件鉱泉地の鉱泉所有名義人の登録がなされている事実が認められるけれども、右台帳制度は温泉の濫掘防止や公衆衛生保健に関する取締等を主たる目的とするものと認められ、本件温泉所在地方において右台帳の記載をもつて温泉に関する権利変動の公示方法とする一般慣行の存する事実は未だ認められない。故に被控訴人が物権としての本件温泉利用権を有する事実を認めることはできず、またその取得時効の主張も本件温泉所在地方において慣習法による物権としての温泉利用権の存することを前提とするものであるから、これを採用することはできない。

次に被控訴人の本訴請求は、本件温泉利用権が鉱泉地所有者または泉源権者に対する債権的権利であることを前提とするものとすれば、前記認定のように右温泉利用権は当初の泉源権者である訴外太田紹緒の設定に係るものであるが、同訴外人の右債務を第三者である控訴人が承継するに至つた事由については被控訴人の何ら主張立証しないところであるから、被控訴人が控訴人に対する人的権利として本件温泉利用権を有することも、未だこれを認めることはできない。よつて被控訴人の本訴請求は爾余の争点に対する判断を待たず、失当として棄却を免れず、右と異なる原判決を取消すべきものとし民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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